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	<title>ニュース＆ブログ｜無垢の家具・テーブル｜ACROGE FURNITURE（埼玉/所沢） &#187; 代表　岸邦明ブログ</title>
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		<title>家具職人を募集しています【家具工房アクロージュファニチャー 岸邦明の歩み】</title>
		<link>https://www.acroge-furniture.pro/news/?p=7221</link>
		<comments>https://www.acroge-furniture.pro/news/?p=7221#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 05 Feb 2024 09:41:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[代表　岸邦明ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[工房のお知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[工房主の岸邦明と申します。 しっかりと目標を持ち、その目標に向け継続して行動できる方を探しています。今回、私た [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>工房主の岸邦明と申します。</p>
<p>しっかりと目標を持ち、その目標に向け継続して行動できる方を探しています。今回、私たちの工房がどのような工房であり、何を目指しているかを書いてみます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>アクロージュファニチャーは創業から20年を迎えます。既に20年という年月を要しましたが、やっと私が目標とする創作活動を行える土台ができた段階にいます。</p>
<p>私は建築系でもデザイン系でも美術系でもなく、営業系からこのものづくりの世界に入りました。それも33歳からのスタートです。当初は、こんなに歳いってから、技術を売りにやっていけるとは考えていませんでした。ですが、家具の職業訓練校に行きながら、家具・大工・建具職の名工方にお会いしお話を伺うにつれ、この木工の世界で生き残っていくためには、歳に関係なく「技術や経験を身に付けること」が重要だと気付かされました。</p>
<p>そこからはひたすら、技術を身に付け経験を積み、どんな木製品でも作れるようになることを目指しました。そのために、私はまずオーダーメイドの道を進みました。お客様の望む物は人それぞれ。非常に多岐に渡ります。その多種多様な想いを一つ一つ全て形にしていくことで、技術と経験を積み上げてきました。</p>
<p>小物からリフォームまで、無垢の木の仕事が基本ではありますが、取り組んだことがない仕事であればあるほど、向かっていきました。近年は顧客からの依頼を機に修理やリメイクも行い、昔の木製品や他社の家具も勉強していきました。</p>
<p>こうしてオーダーメイドで木工の技術や経験をインプットしました。一方、アウトプットのため、さらには注文をいただける限られたお客様以上に、より広くこの技術や経験を社会に役立てられる木工も目指し、木工教室を並行して開講してきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして20年の年月が過ぎました。数え切れない多様なオーダーメイドを制作してきましたので、制作する幅の広さや場数の多さでは誰にも負けないのではないかと思える経験をしました。</p>
<p>木工教室も様々な生徒の想いを少しでも多く叶えようと、改善をし続け、今や全国のどの木工教室よりも、幅広く奥深く「木工の楽しさ」をお伝えできる教室になれたのではないかと思っております。</p>
<p>ただ、こうしたことはHPからも読み取ってもらえるかも知れません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回、こうしたメッセージを載せることにした目的は、次のステップに進むための仲間を探しているからです。</p>
<p>私の最終的な目標は家具の作家活動です。一点一点を逸品レベルにし、作品として制作し納めていくことを目指しています。日本では家具はどうしても生活用品の延長で、大量にプロダクトとして生産され消費されるところがあります。ですが、欧米では家具はもっと生活を彩る大切なパートナーであり、心まで豊かにしてくれる物であったりします。定番化され、大量に作る家具の一つ一つに、そこまでの情熱を込めていくことは難しいのかも知れないと感じています。</p>
<p>私の家具・大工・建具の師となってくださった方々は、一点逸品の木製品を生み出していました。どれも高い技術と経験の上でしか表現できない至上の世界でした。ただ日本において、そうした創作活動は特に家具の分野では容易ではありません。欧米では家具は伝統工芸品として愛でコレクションする文化があります。日本にも指し物のような伝統工芸品において、そうした文化が残っていますが、私たちが今使用している家具を始めとする欧米の文化において、工芸品として愛でる文化は日本ではまだ成熟していません。成熟した文化がないということは、市場がほとんどないことになります。市場がない分野に正面からぶつかっていっても、ビジネスとしては成り立たないことになります。</p>
<p>尊敬する先輩方もそうした点でとても苦労されてきました。私が木工を始めた20年前には、効率が求められる文明が発達するにつれ、日本の文化である和の建築や建具の世界でさえも容易でなくなっていました。ましてや家具で一点逸品の創作活動を生業にしている作家は、ほとんど日本にはいないと思われました。</p>
<p>そうした中、私の家具制作の師となってくださった森戸雅之師匠は稀に見る家具作家です。欧米の家具工芸の世界を日本国内で表現されているほぼ唯一の家具作家です。森戸師匠の師匠はジェームスクレノフ（James Krenov）というキャビネットメーカー(Cabinetmaker)の巨匠になります。欧米にはファインウッドワーキング(Fine Woodworking)という創作活動があります。デザインや形が先にあるのではなく、自然物である木が先にあり、この木を活かすためにどのような家具がふさわしいか考え、一点一点制作していきます。基本的に同じものを2個は作りませんし作れません。</p>
<p>私は木工の世界に入る前の２年間、欧米をキャンピングカーで旅しました。その旅の中で、欧米の生活の中には、家具の文化が長い歴史の中で培われてきたことを知りました。今もそうした文化を大切にするご家庭があり、訪問させてもらえる機会が何度かありました。そうしたご家庭では、家具やインテリアをとても大切にし、それぞれの物の歴史を語ってくださりました。家具などのインテリアが心の豊かさを生み出し、祖先の生きた証にもなって受け継がれていく生活がありました。</p>
<p>2年間の旅を通して、私にとって、家具という物を創造するということは、心の豊かさをお客様にお届けすることでなくてはならないと自然に想うようになっていました。</p>
<p>とは言え、諸先輩方もそうした創作活動を生業にし続けることは容易ではなかった訳です。ましてや、33歳でこの世界に入った私が直ぐにできるはずもありません。そのため、オーダーメイドと木工教室で、様々なニーズと表現方法を学んできました。</p>
<p>家具工房という生業をビジネスとしても成り立たせるために、決して短くはない20年という年月を要しました。今私は54歳になります。それなりの年齢に達していますが、表現の世界で言えばスタートラインでもおかしくないと思っています。あのジェームスクレノフでさえ、生業として安定したのは60歳を回ってからと森戸師匠が言われていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>現在、正社員となるお弟子たちは僅か5人です。できる限り小さな家具工房が理想です。一人一人の技術を高め、貴重となった美しき無垢材を大切に活かし、一点逸品の木製品を作る活動を高めていきたいと思っています。ものづくりは組織が大きくなれば、当たり前ですが売上も大きくしなくてはならなくなります。作る数が増えれば、工房全体として、心も身体も忙しくなっていきます。</p>
<p>音楽や絵画のような表現の世界は、追い詰められたときに良い物が生まれることもあるかも知れません。しかし私たちのような、長期に渡り作り続けるものづくりは、生活や心の安定が必要だと思っています。そうした創作環境を手に入れることを、この数年間目指してきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私のところのオーダーメイドはエンドユーザーからの仕事がほぼ100％となります。使い手と直接打ち合わせし、お納めすることが必須です。その方が的確にお客様の想いを理解し、形にできます。喜びの声も直接いただけますので、お弟子たちにとっても遣り甲斐になります。さらに大きな利点として、工期に追われることがまずありません。ですので、夜や休日の勤務もありません。36協定を守り、月30時間以上の残業を基本的に禁止しています。</p>
<p>4月からは選択勤務制も採用し、スタッフの2名は週休3日制となります。1人は子育てに入る前に、自分自身で制作販売していけるレベルになれるよう、勤務時間を減らし、自らの制作時間を増やし始めます。もう1人は、自分のやりたいことは「どのような木工か？どのような表現か？」を自ら見つめ直すために勤務時間を減らすことにしました。他の３人は家族や子供の関係があり、今は独立よりも安定成長を願っています。</p>
<p>全員が木工というもので繋がっていますが、一人一人の人生の夢や目標は違います。その夢や目標を工房全体として支えていける気持ちや体制を作り上げることに、全員で取り組み続けています。</p>
<p>ただ説明は難しいのですが、私は独立を支援している訳ではありません。やはり長い年月を掛け、技術と経験を積み上げてきたお弟子がいなくなることは、工房としては痛手です。ですが、工房として私として、お弟子たち全員の一生を保証することも容易ではありません。</p>
<p>ですので、私としてお弟子たちにしてあげられることは、独立しても決して失敗しないように、全力を掛け自分が培ってきたノウハウを伝えていくことです。</p>
<p>私たちはプロの家具職人ですから、大抵のものは作れるのが当たり前です。独立してから、やって行けるかどうかは、作る技術だけでは不十分です。デザイン力・経営力・販売力・資金力・人脈、こうしたもの全てが及第点に達していることが必要です。数年で身に付くような簡単なものではありません。日々、家具を制作しながら、何度も何度も、独立してやっていくため必要な技術や知識をお弟子たちに伝え続けています。</p>
<p>木工教室の講師にもお弟子たちには入ってもらっています。数多な生徒と接することによって、お客様が木工に対して望むことを感じてもらいます。自分たちの技術や経験のどこに価値があるかを理解していきます。どのように説明すれば、そうした技術や経験を的確に興味をもってもらえるように伝えられるかを、何度も説明する中で身に付けていきます。</p>
<p>人は思考を言葉にします。技術や経験も言葉にしなくては人に伝えられません。日々の家具制作の中で培ってきたものを言葉にして人に伝えていくことで、自分自身も正しく理解したことになります。さらに、人に教える技術は、お弟子たちが独立し、彼ら自身がお弟子たちを育て始めた時に大きな助けにもなります。そうした上でさらに重要なことがあります。自分の想いを人にしっかりと伝えるということです。それは人間力や販売力に他なりません。</p>
<p>教室に苦手意識があるお弟子もいますが、2年も講師を続けると、立派に自分の想いが伝えられるようになります。教えるということは教わるよりも何倍も速く、人の成長を促します。</p>
<p>この10年で、7人が私と工房活動を共にしました。その内の2名が独立しました。5名はより注意深く独立する準備をしているように感じます。正しく独立しなくては、これまで必死に貯めてきた開業資金を失うだけでなく、かえって今よりも収入が減ってしまうことになりかねません。独立してしっかりと幸せになることは容易ではないと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昨年、工房半地下に展示ルーム兼材木倉庫を構えました。私が10年以上掛け集めてきた数千枚の銘木良材が立ち並んでいます。こうした材の力によって、オーダーメイドのレベルも近年はジャンプアップしています。使用する材は丸太材を基本としています。北海道や岐阜で丸太を購入し、製材所で挽いて乾燥していただいた材を使用します。一つの制作物は一本の丸太で制作することを目指しています。それによって木目や色合いは統一され、完成した物のクオリティーは一点逸品になっていきます。</p>
<p>お客様の驚きは高まり、これまで見たことのないクオリティーの家具に、これ以上ない賛辞をいただけるようになりました。そして、金額としては決して安くはない家具をお納めしている訳ですが、リピーターとなってくださる方がどんどん増えています。オーダーメイドに関しては、お客様の想像を超える領域に踏み込み始めたように感じています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この20年で、世の中も大きく変わりました。ものづくりに興味を持つ人は減り、優秀な職人も減っています。一方、デザインのレベルは高まり、廉価な物、大量生産品でも良い物が増え続けています。職人が手間と情熱を掛け、作り込むことの価値は全体として下がってきています。</p>
<p>家具の歴史の長いヨーロッパでさえ、巨象IKEAの進化などによって、家具のクラフト工房はほとんどが無くなっています。一点逸品のファインウッドワーキング(Fine Woodworking)という創作活動は既に世界的にも難しくなっているのかも知れません。</p>
<p>経営的には定番商品を作り、分業化を図り、20名程度の規模で制作していく方が利益は出ると思います。私も心が揺らぐときはありますが、初心を忘れないよう歩んできました。私はできる限り小さな工房を目指し、地域もどんどんと狭め、今は車1時間圏内を基本としています。</p>
<p>コンプライアンスは厳しさを増し、企業経営も難しくなり続けています。ものづくりの機械化や分業化が進み、作る喜びの魅力を失うことで、優秀な人材も減り続けています。広葉樹の枯渇は進み、手に入らない材、使用できない材が加速的に増えています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>20年で大きく変わったこの世界。この先の20年を見据え、私たちはどこを目指せば良いのでしょうか。コロナやAIは私たちにヒントを与えてくれたのかも知れません。人々はより便利な都市部か、より自然豊かな僅かな地域に移り住み、リモートで多くのことが成り立つように加速していきそうです。そして、人よりも優秀なAIに人は従うようになっていくのでしょうか。</p>
<p>私たちのものづくりは自然素材の無垢の木素材を活かし、人が手数を掛け作り上げる世界です。効率よりも情熱に価値を見出せる人間だからこそ生み出せる世界は、最後の牙城として残り続けることはできないのでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>哲学のような思考がいつまでも続きますが、20年掛け準備はできました。いよいよこの表情豊かな材たちを活かし、作品を作り始めます。</p>
<p>私としては2パターンで仲間を探しています。</p>
<p>一人目が、無垢家具制作経験者で即戦力となる方</p>
<p>二人目が、将来、管理職となる方</p>
<p>特に二人目は、私と共に長期的に工房を運営し、作家活動を共にしていこうという同志に近い方になります。</p>
<p>現在私たちの工房には、修理やリメイクは受け付けられないほど多くの問い合わせがあります。オーダーメイドも半年先までは一杯に詰まっていて、急ぎのご依頼にはお答えできなくなっています。「何年も探してきたのですが見つけられなくて…」「岸さんに出会えて本当に良かったです…」というお客様が多くを占めます。モノが溢れる時代になったからこそ、私たちのような工房が、より必要となるのかも知れません。全てのご依頼者様にご協力できる状況ではなくなっておりますが、今の体制は、お弟子たちが独立する際、安定するまで支えて上げられるはずで、とても有難いことです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>詳細は書けませんが、作品ができれば半地下展示から羽ばたき、SHOPを構えます。屋号であるACROGEにはACROSS GENERATIONの略語の造語で「世代を越えてという想い」が込められています。</p>
<p>私たちのような家具職人が一点逸品の創作活動をし、SHOPで展示販売し続けることは容易ではありません。工房の傍らにお弟子たちが制作できる空間を用意し、一緒にSHOPで創作家具を共演することが私の夢です。</p>
<p>一点逸品の家具が集まり、そうした作家が集まり、お客様も集まるようになれば、日本に新たな家具文化が根づくきっかけになるのではないかと思っています。今はまだ夢の段階ですが、そうして私は次世代にバトンタッチしていければと願っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もし、同じような想いを持っている家具職人がいましたら、ぜひ遊びにいらしてください。</p>
<p>夢や目標を語り合えたらと思います。お待ちしています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>令和6年2月5日</p>
<p>家具工房アクロージュファニチャー　工房代表　岸邦明</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>家具職人になる！家具職人になりたい！と本気で考えている方に　[職業訓練校／職業能力開発センター木工技術科に行こう！]</title>
		<link>https://www.acroge-furniture.pro/news/?p=6365</link>
		<comments>https://www.acroge-furniture.pro/news/?p=6365#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 10 Sep 2021 08:44:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[代表　岸邦明ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.acroge-furniture.pro/news/?p=6365</guid>
		<description><![CDATA[「家具職人になる！家具職人になりたい！」と本気で考えている方は、長文ではありますが、ぜひ一度読んでみてください [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>「家具職人になる！家具職人になりたい！」と本気で考えている方は、長文ではありますが、ぜひ一度読んでみてください</strong>。</p>
<p>毎年何人もの方が、「家具職人になりたいのですが」と問い合わせて来られます。</p>
<p>毎回、同じことをお伝えしていますので、一度整理して記してみることにしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><b>「家具職人になる」「家具職に就く」方法</b>を上げてみます。</p>
<p><strong>1⃣木工所・家具工房等に直接就職する</strong></p>
<p><strong>2⃣美術大学や工芸大学などで学び、就職する</strong></p>
<p><strong>3⃣職業訓練校（職業能力開発センター）で学び、就職する</strong></p>
<p><strong>4⃣突然、自分自身で木工所や家具工房を開く</strong></p>
<p>こうした方法が考えられます。</p>
<p>その中で私がお勧めしているのは3⃣の職業訓練校（職業能力開発センター）で学んだあと、就職する方法です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>3⃣のメリットをまずは箇条書きで記します。</p>
<p>①    <b>日本の家具製作技術の基本であり、基準</b>を学ぶことができる</p>
<p>②    幅広く、家具製作を仕事にするために必要な技術を学べる</p>
<p>（<strong>手加工・機械加工・材料・製図・生産管理</strong>など）</p>
<p>③    特に<b>手道具や手加工の技術</b>をしっかり学べる</p>
<p>※そうした機会を、就職した後や独立した後に得ることは難しい</p>
<p>④    卒業できれば、<b>二級技能士を取得できる</b>技術や知識をほぼ手に入れたことになる</p>
<p>⑤    通っている期間、<b>訓練手当等の国からの支援が受けられる</b></p>
<p>⑥    卒業後も、<b>同期がいるので情報交換ができる</b></p>
<p>⑦    先輩や後輩ができ、<b>会社を越えての上下のつながり</b>を作れる</p>
<p>⑧    別の進路に行った同期の活躍を知り、<strong>人生における選択肢が生まれる</strong></p>
<p>⑨    卒業生同士、同じ技術や知識を有しているので、<b>共有できる価値</b>が生まれる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>少し異論も出るかも知れませんが、行かない場合のデメリットを記します。</p>
<p>①    <b>基礎的な技術や知識を得ないまま職場に就く</b>こととなる</p>
<p>②    <b>単純作業や雑用</b>などが、新入社員の時だけでなく、<b>長く続いてしまう</b>可能性が増す</p>
<p>※基礎技術がない人を採用すると言うことは、うがってみると、基礎技術や知識が無くても、活躍できる仕事があることになる</p>
<p>③    今の木工所は厳しい競争にさらされており、<b>新入社員に幅広い教育や訓練を実施している余裕がない</b>ところがほとんど</p>
<p>④    限られた技能で仕事ができる<b>分業化された職務に就き続ける可能性が増す</b></p>
<p>⑤    家具製作や独立するために必要な家具技術全体を理解する機会がなく、限られた職務をこなす中、<b>自分の状況に盲目となってしまう</b></p>
<p>⑥    その結果、<b>社内出世どころか転職や独立も難しくなる</b></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img class="alignnone size-large wp-image-6374" alt="DSC_0098" src="https://www.acroge-furniture.pro/news/wp-content/uploads/2021/09/DSC_0098-1024x670.jpg" width="1024" height="670" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それでは、ひとつずつ具体的に説明します。</p>
<p><b>職業訓練校（職業能力開発センター）に行くメリット</b></p>
<p><b>①   </b><b>日本の家具製作技術の基本であり、基準を学ぶことができる</b></p>
<p>職業訓練校（職業能力開発センター）は日本の家具製作技術の基本であり、基準を作り続けています。</p>
<p>まず「職業訓練校とは何か」から少し説明します。訓練校は職業能力開発促進法という法律に基づき、基本的に各都道府県にあります。</p>
<p>実は日本の家具製作に関わる様々な技術は、<b>今から50年以上前の昭和44年に生まれたこの職業訓練校システムにより、全国的に統一されてきています</b>。</p>
<p>例えば、私たちが使用している木工機械は、戦後にアメリカから持ち込まれました。進駐軍の基地や住まいを作るのが主な目的でした。</p>
<p>その後、その機械も日本で製造するようになり、飛騨産業などの歴史ある日本の木工所に導入され、現代的な木工が始まった訳です。</p>
<p>木工の歴史はとても長い日本ですが、日本の洋建築や洋家具の歴史は、実はそれほど長くありません。</p>
<p>その<b>家具製作に必要な技術や知識を日本全国に行き渡らせるために作られたのが職業訓練校</b>です。</p>
<p>そのため日本中の主だったメーカーで活躍されている人は、この職業訓練校の卒業生だったりします。</p>
<p>結果、木工の技術はこの職業訓練校で学ぶことが基準となっていきました。</p>
<p>東京には私が通った<b>品川（城南）と足立（城東）に木工技術科</b>があり、家具製作を学ぶことができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><b>②   </b><b>幅広く、家具製作を仕事にするために必要な技術を学べる</b></p>
<p><b>（手加工・機械加工・材料・製図・生産管理など）</b></p>
<p>職業訓練校と言うくらいですから、<b>「家具を製作することを仕事にしたい人」のため</b>に必要なものを教えています。</p>
<p>芸術やデザイン的な表現と言うよりは、<b>家具製造のための技術</b>が中心です。とは言え、それは多岐に渡ります。</p>
<p>１， 鑿や鉋、鋸など、日本の昔ながらの<b>手道具の構造を理解し、正しく使える</b>ようにする訓練</p>
<p>２， 実に様々な<b>木工機械の構造や仕組みを学び、それらの機械を駆使しながら家具を作る</b>訓練</p>
<p>３， 無垢の家具材や様々な合板、金物や接着剤など、<b>家具製作に必要な材料を学び使う</b>訓練</p>
<p>４， 家具の様々な仕上方法を学び、ガン吹き付け塗装のような本格的な<b>家具塗装も行える</b>ようにする訓練</p>
<p>５， 家具の構造やデザインなど、<b>製作するために必要な図面を起こす</b>訓練</p>
<p>６， 家具の安全基準や工場の安全対策、品質対策や設備管理、製作などの工程管理や原価管理など、家具工場での<b>管理職が必要とする「ものづくりに関わる私たちが果たすべき様々な責任」の基本を学ぶ</b></p>
<p>７， 学園祭では、製造から塗装まで<b>手掛けた初めての製品を一般の方に販売</b>する機会を体験する</p>
<p>基本的に、卒業後はプロになる人が集まっている訳ですから、皆さん真剣です。まさに切磋琢磨な一年を送ることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><b>③   </b><b>特に手道具や手加工の技術をしっかり学べる</b></p>
<p><b>※そうした機会を、就職した後や独立した後に得ることは難しい</b></p>
<p>実は現代木工においては、家具は機械だけで加工していくのが基本です。手加工が入ると、職人の能力で大きく差が生じるため、熟練工でなくてはならなくなります。また、量産体制における製作スピードはどうしても機械の方が上を行きます。</p>
<p>結果、<b>現在は「機械で作れる家具しか作らない」</b>ようになりました。<b>現場では機械工が中心で、手加工は姿を消し</b>ました。</p>
<p>そのため、就職先で手加工の技術を学べるところは、かなり減ってしまいました。むしろ、何十年と家具を作っていても、手加工の技術はさっぱりの人の方が多い状況です。</p>
<p><b>職業訓練校は、今も手加工の技術を高めるための訓練に、一番多くの時間を割いています</b>。就職後に身に付けることが難しくなった<b>最低限の手加工の技術</b>を、訓練校でしっかり学ぶ機会が持てたことは、将来<b>ものづくりに向き合い続ける上において、とても重要になってくる</b>はずです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><b>④   </b><b>卒業できれば、二級技能士を取得できる技術や知識をほぼ手に入れたことになる</b></p>
<p>家具製作にも<strong>手加工と機械加工に分かれ、</strong><b>一級（国家資格）・二級（自治体資格）と言った技能資格</b>があります。</p>
<p>ただ、建築士や電気・水道・ガスのように、資格を有したものでないと看板を上げられないということがありません。そのため、<b>資格を有している職人や工場は1%にも満たない</b>のが現状です。</p>
<p>それでも、この資格は<b>家具製作に対する技術や知識、経験を有していることを証明する唯一の資格</b>です。<br />
それは加工技術のレベルを見る実技試験だけでなく、家具のデザインや構造、木材の性質や加工方法、機械の使い方や仕組、家具の安全基準や工場の安全対策、建築や建築素材に対する知識などなど、家具に係わるさまざまな知識を有しているかを試験されます。一級は実務経験5年以上と言う基準もあります。</p>
<p><b>訓練校で学ぶことは、まさにこの資格を取るために必要な訓練</b>です。さらに言えば、訓練校で学ぶことが、この資格の基準になっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><b>⑤   </b><b>通っている期間、訓練手当等の国からの支援が受けられる</b></p>
<p>職業訓練校（職業能力開発センター）は、再就職するための公共機関です。<b>ハローワークと連携</b>しています。</p>
<p>訓練校に通っている期間は一般的な失業手当と同じような支援が受けられます。</p>
<p>通常なら3か月とかの方が、<b>1年間支援を受けながら手に職を付けられる</b>訳です。</p>
<p>私はそうした支援を有られない状況で訓練校に通いましたが、この支援は非常に大きな支えになるはずです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><b>⑥   </b><b>卒業後も、同期がいるので情報交換ができる</b></p>
<p>大学を卒業しても、就職先はバラバラなはずです。しかし、<b>職業訓練校<b>（職業能力開発センター）</b>の卒業生は基本的に全員が木工の仕事に進みます</b>。</p>
<p>それは専門的な美大や建築・デザイン系の学校の卒業後の状況とも違います。通常であれば同期30名程が同じ木工業界に就職していきます。</p>
<p>木工と知っても幅広い訳ですが、その様々な木工の道に就職していった<b>同期と情報交換できれば、非常に幅広い知識を得ていくことができます</b>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><b>⑦   </b><b>先輩や後輩ができ、会社を越えての上下のつながりを作れる</b></p>
<p>10名を超す規模の会社の中には、必ず訓練校の卒業生がいるはずです。ある先輩が活躍すれば、同じ訓練校に求人を出すので、訓練校卒業生の割合は増していきます。</p>
<p>同じ訓練校で、同じ基礎技術を有している訳ですから、<b>先輩後輩の関係は作り易く</b>なります。</p>
<p>さらには会社が違っていても、同じ基礎技術を有していることに変わりはなく、<b>お互いの信頼関係の構築は非常に素早く</b>できます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><b>⑧   </b><b>別の進路に行った同期の活躍を知り、人生における選択肢が生まれる</b></p>
<p>5年も経過すると、就職した会社でしっかり活躍し始めます。</p>
<p>中には転職したり、自分でやり始めるのも出てきます。そうした同期の活躍や、場合によっては木工業界からの離職などは、自分自身の今後を考える上でとても大きな情報となります。</p>
<p>同じ訓練校を同じ時に卒業した同期であっても、<b>木工人生における選択肢が様々あることを知ることは、行動する上で大きな勇気となります</b>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><b>⑨   </b><b>卒業生同士、同じ技術や知識を有しているので、共有できる価値観が生まれる</b></p>
<p><b>訓練校の卒業生と言うだけで、どの知識や技術は最低限有しているかと言うのが分かります</b>。とても大きな安心感が初めて会ったお互いの中にあります。</p>
<p>例えば、独立して木工をやり続けている者同士がある時一緒に仕事をしたとしましょう。その際、お互いが訓練校の卒業生と言うだけで、ある程度、仕事を任せられるし、仕事内容も口頭で確認できます。</p>
<p><b>同じ言語や文化を有しているということは、仕事上とても重要</b>です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>デメリットに関しては、メリットを理解した上で改めて考えてみると、上記①～⑥の事柄が把握できてくると思います。</p>
<p>もちろん、こうしたメリットやデメリットが全ての人に当てはまる訳ではないです。訓練校を出ていなくても、活躍している木工家はいくらでもいます。</p>
<p>ただ、確率で考えると圧倒的に訓練校を出た人の方が活躍しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ここでもう一度、<strong>「家具職人になる」「</strong><b>家具職に就く」方法</b>を確認します<b>。</b></p>
<p><strong>1⃣木工所・家具工房等に直接就職する</strong></p>
<p><strong>2⃣美術大学や工芸大学などで学び、就職する</strong></p>
<p><strong>3⃣職業訓練校<b>（職業能力開発センター）</b>で学び、就職する</strong></p>
<p><strong>4⃣突然、自分自身で木工所や家具工房を開く</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>1⃣木工所・家具工房等に直接就職する</strong></p>
<p>デメリットでお伝えしたような可能性があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2⃣美術大学や工芸大学などで学び、就職する</strong></p>
<p>私は行っていないので、見聞きした範囲になります。</p>
<p>大学は基本的にデザイン系が中心となり、技術系ではないところが基本です。</p>
<p>先生方がデザイン系が多く、木工家が評価され、教授になることが少ないことが理由のひとつかと思います。</p>
<p>また、美大系の卒業生で、木工職人の道に直接進む人は、数年に一人くらいしかいません。</p>
<p>全体でも美大を出ても、職人系で就職する人はほとんどいない時代です。</p>
<p>デザイン系で就職する人がほとんどのため、学習もデザインや発想に重点が置かれています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみに<strong>東京の職業訓練校<b>（職業能力開発センター）</b></strong>では、6名以上の講師陣のうち2名が、その年の担任となります。</p>
<p><strong>都の職員となりますが、ほとんどが元家具職人</strong>です。</p>
<p>そして、担任以外に客員講師が名を連ねます。その方々は現役の家具職人です。</p>
<p><strong>江戸指物師・無垢家具職人・造作職人・大手木工所の工場長・NC工作士・家具塗師・家具製図士</strong>などなど。</p>
<p>15名程のプロの職人が、それぞれの得意分野で、そのノウハウを教えてくれます。</p>
<p>先生職ではなく、<strong>元プロか現役のプロが教えている、活きた技術の伝達</strong>が訓練校にはあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私が知っている限りですが、通うべきところもあります。</p>
<p><strong>京都伝統工芸大学校　木工芸専攻</strong></p>
<p>現在唯一、大学や大学校で木工や家具の製作技術をしっかり教えてくれるところです。</p>
<p><strong>4年生ですし、講師陣は一流の伝統工芸士</strong>ばかりです。</p>
<p>美大並みの学費は掛かりますが、奨学金制度も充実しています。</p>
<p>ここで学べることは、<strong>すばらしい日本の伝統工芸技術ばかり</strong>だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、ここで学んだ伝統工芸技術を、普段の家具製作で発揮できる職場は、今の日本の家具工場にはないのかも知れません。</p>
<p>日本の伝統工芸は本当に素晴らしいものです。世界屈指です。</p>
<p>しかし、そうした高い技能で作られた物が、工芸士が普通に食べていけるだけの価格で必要数取り引きされる土壌が日本からは無くなっています。</p>
<p>また、ここで優秀な成果を納めた卒業生は、高い知識や技能の基礎を身に付けています。しかし、それを活かせる現代家具の分野はまだ完成していません。</p>
<p>特に木工に関しては、伝統工芸の技能は伝統工芸の中だけに納まっています。日用品の家具の世界で、その工芸力を活かすことは容易ではないのかと思います。</p>
<p>しかしそこを、私たちのような日本の家具工房の先輩が、日本の現代家具の世界で、活かせるようになることが求められています。</p>
<p>毎年、この学校からは工房見学の希望があります。</p>
<p>学生気分でなく、自分の力で新たな地平を切り開く意思がある人が、見学にやってくることを私も期待しています。</p>
<p>日本古来の伝統工芸の技術での家具製作。私の最後の課題であり、作家活動としての課題です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>4⃣突然、自分自身で木工所や家具工房を開く</strong></p>
<p>これができる人は凄い人です。</p>
<p>工房を開くはできますが、20年後に活躍しているか否かで考えると、かなり狭き門です。</p>
<p>木工の秀才かつ天才が進むべき道だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さて、職業訓練校（職業能力開発センター）について自分の経験も含め、プロローグです。</p>
<p>私が訓練校に通った20年程前は、木工は今よりもずっと人気のある仕事だったと思います。</p>
<p>それは、家具職になりたい人の数でも推測できます。東京の職業訓練校（職業能力開発センター）木工技術科の定員は各校30名です。通うためには試験に受からなくてはならず、国語と数学の筆記試験と面接があります。</p>
<p>私のときの試験会場では、150名程が試験を受けていました。5倍近い倍率だったということになります。さらに、おおむね30歳までと言う年齢制限もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>わたしは32歳でしたが、何とか合格しました。面接で印象的だったのは、「手のひらを見せてください」との質問でした。今の私なら、手のひらを見ただけで、その人の身体的な生い立ちや木工に向き不向きも推測できます。その時は、「これで何が正しく分かるのだろう」「これが職人の世界なんだな～」と、これまでにない面接に緊張した記憶が残っています。</p>
<p>残念ながら現在、基本的に<b>若い方の中で家具職の人気は低く</b>なっているようです。<b>定員割れが続いています</b>。</p>
<p>一方、<b>求人は増えています</b>。私たちの頃、求人社数は30社もなかったと思います。それが今は100社を優に上回るそうです。</p>
<p>20年程前も、既に家具業界全体としては売上が下がり続けており、求人を出す余裕のある会社は少なくなっていました。こうした状況が久しく続いた結果、近年は高齢化がかなり進み、廃業する木工所も多く生じています。</p>
<p>現在、離職率も高いこともあり、職人数は既に減り過ぎており、木工業界は激しい人材不足に陥っています。</p>
<p>ここ数年、完全に状況が逆転し、<b>卒業生は引き手数多</b>となっています。私からすると「訓練校の卒業生レベルにこの給与が払えるのか」と思う求人が来たりしています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><b>訓練校は自分の適性を理解する大切な場</b>でもあります。生徒の多くは、美大卒、建築学部卒、デザイン学校卒で、一旦<b>就職したけども、自分の手でものづくりがしたくて、家具が作りたくて、家具職への転職を希望している人たち</b>です。10代の頃からものづくりの世界にいる、いわばエリートが中心です。</p>
<p>訓練校に通う一年間は、そうした30名の中で、自分がどの位木工ができるのかを把握することができる貴重な機会になります。</p>
<p>わたしが通ったときには、既に32歳。ものづくりもしたこともなければ、絵も描いたこともなく、完全なる素人でした。なぜか「作ることはできる」と言う自信だけはありましたが、それが、どの位のレベルでの話なのかは気になっていました。ですので、訓練校では自分なりに必死にやっていくだけでなく、<b>周りの同期と自分を比較しながら学んで</b>いました。</p>
<p>結果、それなりに出来たようで、自分としても何とかなるはずだという感触は得ました。</p>
<p>そして、この期間に出会った何人かの職人さんや先生方から、「岸君のような人はなかなかいない」「岸君ならやれると思うよ」と言ってもらえたことは、全く保証もない世界に自分自身の将来を掛ける上において、ありがたい激励になったことでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>長年、家具の仕事をしていて、<b>「木工はつまらない」と思っている人に会ったことはない</b>です。</p>
<p>ただ、「業務内容がつまらない」と訴える人はそれなりにいます。</p>
<p>「収入が少ない」は、かなりの人が思っているかも知れません。</p>
<p>そうした状況の中で、まず私が言いたいことは、<b>「木工を生業にできる」ことは、それだけで、とても素晴らしく幸せなこと</b>だということです。</p>
<p>とは言え、今まで多くの方と話をしてきて、「木工なら何でも良い」と言う訳ではなさそうです。</p>
<p>また、好きな仕事ができるなら「収入も他の幸せも当面我慢できます」と言う人ばかりでもなさそうです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>だからこそ、<strong>「家具職人になる！家具職人になりたい！」と本気で考えている方は、</strong><b>木工の世界、家具職の世界に入る前に、職業訓練校などの機関でしっかりと基本かつ必要な技術や知識を学び、しっかり活躍できる人材になってから就職すべき</b>なのだと思います。</p>
<p>「楽しい木工で、楽しい職務に付き、楽しく過ごせるだけの収入も得る」</p>
<p>まずは<b>職業訓練校<b>（職業能力開発センター）</b>で自分が輝けるかを見極めるべき</b>かとわたしは思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>東京都立城南職業能力開発センター　木工技術科</strong></p>
<p><strong>https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/vsdc/jonan/fa-wood.html</strong></p>
<p><strong>東京都立城東職業能力開発センター　木工技術科</strong></p>
<p><strong>https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/vsdc/joto/kamokuh25.html</strong></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>HP、リニューアルをアップしました！！！</title>
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		<pubDate>Wed, 10 Jun 2020 11:03:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[代表　岸邦明ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[工房のお知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[教室のお知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[2020年6月8日、HPリニュアルアップしました。 実は今も手を入れ続けていて、完成は1ヶ月後です。 初代HP [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2020年6月8日、HPリニュアルアップしました。</p>
<p>実は今も手を入れ続けていて、完成は1ヶ月後です。</p>
<p>初代HPは2005年。</p>
<p>二代目が2010年。</p>
<p>そして2020年、三代目が完成します。</p>
<p>「あなたの想いをかたちにします」</p>
<p>創業時にこう工房目標を立ててから15年、頑固にそのスタイルの確立を目指してきました。</p>
<p>多種多様の木製品をひとつひとつ制作していきながら、少しずつ力を付けてきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回のHPは、初めてそうした「ものづくりへの想い」を皆さまにもしっかり伝えられるレベルになったと思います。</p>
<p>私たちのような小さな工房は、普段はHPに手を入れる余裕がほとんどありません。</p>
<p>実は2年前に全体の3分の１に手を入れました。</p>
<p>その後、全くそうした時間を取ることできずにいましたが、今回の新型コロナの中、4月から2か月間作業し続け、ついに全体に手を入れることが出来ました。</p>
<p>このHPの制作は、木工教室のひとりの生徒さんの尽力があります。</p>
<p>お名前は遠慮したいとのことでしたが、感謝です！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「私たちのこだわり」は私たち全員のものづくりへの想いです。</p>
<p><a href="http://www.acroge-furniture.pro/works/">http://www.acroge-furniture.pro/works/</a></p>
<p>「アフターケア」はものづくりへの覚悟です。</p>
<p><a href="http://www.acroge-furniture.pro/aftercare/">http://www.acroge-furniture.pro/aftercare/</a></p>
<p>長文ですが、ぜひ読んでください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>わたくし岸としましては、この2年、リニュアルに取り組めずにいたことは、一番の苦しみでした。</p>
<p>今夜、私は空を見上げることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>テレビ放送のお知らせ　「ノンストップ　『ミニバスで行く　東京ちょこっと旅』2月6日」　「みいつけた！『オスワルおうじのはたらきモノ・鉋』2月22日」</title>
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		<pubDate>Sun, 03 Feb 2019 08:48:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[代表　岸邦明ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[2019年……始まっていますね。 今年もよろしくお願いします。 &#160; 年始に入り、テレビ撮影、様々な制 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2019年……始まっていますね。</p>
<p>今年もよろしくお願いします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>年始に入り、テレビ撮影、様々な制作依頼、なかなか忙しく過ごしております。</p>
<p>最近3本程、撮影がありました。</p>
<p>少しずつですが、いわゆるマスメディアに私たちの工房の活動が紹介できる機会が生まれています。</p>
<p>発信することは、やはり重要ですね。</p>
<p>より多くの方に私たちの活動が何らかの形で伝わると嬉しいことと思っています。</p>
<p>ぜひご覧ください！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>[テレビ放送のお知らせ]</p>
<p><img class="alignnone size-medium wp-image-4219" alt="DSC_0470 - コピー" src="http://www.acroge-furniture.pro/news/wp-content/uploads/2019/02/DSC_0470-コピー-300x199.jpg" width="300" height="199" /></p>
<p><strong>[１] 「ミニバスで行く　東京ちょこっと旅」</strong></p>
<p>2月6日(水) 9:50 ～ 11:25　　 左記放送時間内で10分ほど</p>
<p>フジテレビ　「ノンストップ」</p>
<p>タレント虻川美穂子さんが来店されました</p>
<p>ショップの紹介とカッティングボードの制作が行われます</p>
<p>バスの時刻に合わせたタイトな撮影</p>
<p>僅か1時間の中でのお店を紹介して、そしてカッティングボードの制作……本当に大丈夫なのか？</p>
<p>どのように放送されるのか楽しみです。</p>
<p><img class="alignnone size-medium wp-image-4220" alt="DSC_0472" src="http://www.acroge-furniture.pro/news/wp-content/uploads/2019/02/DSC_0472-300x200.jpg" width="300" height="200" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong> [2] 「オスワルおうじのはたらきモノ・鉋」</strong></p>
<p>2月22日(金) 　①7:45 ～ 8:00　②4:45 ～ 5:00</p>
<p>NHK教育　「みいつけた！」</p>
<p>4歳児を中心にした子供向け番組</p>
<p>「鉋ってなに？」を紹介します</p>
<p>放送時間は僅か2分。どう編集されているのか分かりません。</p>
<p>私の声も出ません。どこの誰かも分かりませんね…</p>
<p><img class="alignnone size-medium wp-image-4221" alt="みいつけた" src="http://www.acroge-furniture.pro/news/wp-content/uploads/2019/02/みいつけた-300x200.jpg" width="300" height="200" /></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>⑩私の家具の師匠になってくださった 森戸雅之師匠/岸邦明</title>
		<link>https://www.acroge-furniture.pro/news/?p=4169</link>
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		<pubDate>Tue, 16 Jan 2018 02:10:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[代表　岸邦明ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[こうして私は、家具制作の職業訓練校に通い、十数名の講師陣から日々家具について学びながらも、老舗の大工道具店「井 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>こうして私は、家具制作の職業訓練校に通い、十数名の講師陣から日々家具について学びながらも、老舗の大工道具店「井上刃物店」で大工道具の世界を学び、大工の中の大工と言われた大工職人「多賀捷躬師匠」から木工という生き方を学んでいました。</p>
<p>会社員を1年も経験して来なかった私は、人から何かを教わるということはほとんどないまま、33歳まで来ていました。</p>
<p>まさにスポンジのように色々なことを吸収していったのだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は家具工房を生業にすることを目指し、日々学んでいましたが、</p>
<p>訓練校を卒業した後は、すぐに工房を構えるつもりで、週末は場所探しもしていました。</p>
<p>しかし、こうしたプロ中のプロの人々に接し、木工という生き方を知るにつれ、いかに自分の力で木工をやり続けることが難しいものなのかを、嫌というほど知ることにもなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とは言え、この年齢になって就職することも簡単ではありません。</p>
<p>そして私が取り組みたい無垢の置き家具を制作する技術をしっかり学べながらも、生活できるだけの収入が得られる木工所や工房は、思い浮かばない状況でした。</p>
<p>3月になり、卒業が近づいてきた段階でも、私はどうすべきか決めらずにいました。</p>
<p>訓練校に行く前、私は木工のことを全く知りませんでした。</p>
<p>それが1年まさに必死に学んだ結果、知らないことを知ることができるようにはなっていました。</p>
<p>「どのようにデザインを考え、かたちを発想し、実物にしていくのか、場数が足りていない」</p>
<p>「どこまで作り込めば、どこまで頑丈に作れば、しっかりと末永く使える家具になるのか」</p>
<p>「樹種によって、かたちによって、仕口が変わってくるはずだが、自分の中に明確な基準がまだしっかりとできていない」</p>
<p>「こんな状況で、お客様からお金をいただきながら、家具を作り納めて良いはずはない」</p>
<p>色々と現実の木工を学んできた結果、私はものを生み出す怖さを、正しく理解できるようになっていました。</p>
<p>「独立はできない」いや「独立すべきでない」</p>
<p>この自分に足りていないものをしっかりと学べるところがあるとすれば、</p>
<p>それは妥協することなく日々家具制作に取り組みながらも、</p>
<p>長きに渡り作り続けている家具職人でなくてはなりません。</p>
<p>お客様と打ち合わせしながら、理に叶ったかたちを決め、そのかたちに適した材を用意し、制作しては納め、長きに渡り、決してクレームになることもなく、潰れることもなく営み続ける。</p>
<p>それを出来る限り妥協することなく行っていくとなると、当てはまる家具職人は限りなく少なくなります。</p>
<p>私の中に浮かんだ唯一の家具職人。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それが二人目の人生を変える出会い。</p>
<p>家具職人「森戸雅之師匠」。私の家具の師匠となってくれた方です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>井上刃物店に通い始めていた頃に話は戻ります。</p>
<p>老舗大工道具店には多くの木工家、愛好家が日々集まっていましたが、世間話と言うものは、基本的にマイナス面を言うことが多いものです。</p>
<p>しかしここに集まる誰もが、森戸雅之師に対してはマイナスのことを言わないのです。</p>
<p>歯に衣着せぬ江戸っ子の井上さんに至っても、</p>
<p>「森戸さんほどきれいな家具を作れる人は他にいないな」</p>
<p>日本中の家具工房を営む工房主を知っていると言っても過言ではない井上さんが家具職というの範囲の中で、唯一その能力を認めている方でした。</p>
<p>「この井上さんにダメだしされない家具職人って、何者なのだろうか」</p>
<p>まだ見ぬ森戸雅之師への興味は膨れ上がりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>秋口、森戸雅之師が新木場に木材を探しに来ることを知りました。</p>
<p>訓練校を初めて休み、会いに行きます。</p>
<p>私は挨拶しましたが、少々素気ない印象の返事がありました。</p>
<p>これまで会ってきた多くの木工家の中で、最も朴訥とした雰囲気で、謎めいた印象の方でした。半日、付かず離れず付いていき別れました。</p>
<p>「頑張ってね」とは言われたのですが、社交辞令の印象は拭えません。</p>
<p>人見知りはあまりしない私ですが、</p>
<p>「この人にはどう声を掛ければよいのだろうか」</p>
<p>「どんな質問をしたら、この人は興味を持って答えてくれるのだろうか」</p>
<p>そう自問自答させられてしまう方でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>栃木県鹿沼市に森戸雅之師は工房を構えていました。</p>
<p>後日、工房を見学させていただきました。</p>
<p>個人工房を営んでいる訳ですが、広い敷地に大きな工房を構えています。</p>
<p>一角にはショールームもあり、作品が並べてあります。</p>
<p>「スタンドキャビネット」と呼ばれる脚の長いキャビネットなどが並びます。</p>
<p>それらは、これまでの私の知識の外となる家具であり、木工品であり、工芸品でした。</p>
<p>日本では、家具と言うと椅子が良く取り上げられますが、欧米ではキャビネットが重要になるそうです。</p>
<p>森戸師は、そのキャビネットの分野での日本の第一人者として、長きに渡り活躍してきた日本中の主だった工房主の間では一目置かれている存在でした。</p>
<p>日本にも木工の分野での伝統工芸品があり、指物もあります。</p>
<p>森戸師は欧米のキャビネットと言う分野の中の工芸品を制作されています。</p>
<p>家具と言う分野で、今も工芸活動があり、こうした発展をしているのかと知ります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は数年前、ヨーロッパを回り、多岐にわたる家具を見ました。</p>
<p>教会、宮殿、博物館、歴史的建造物、そうしたものの中に当時からの家具が置かれていました。</p>
<p>手の込んだものは、尋常ではなく、何名という職人が何年も掛け作ったとされるキャビネットやデスクであったりします。</p>
<p>華美な装飾、技術や労働力の塊のような家具たち。</p>
<p>そうしたものを見飽きるくらいに見て回りました。</p>
<p>その工芸の世界はかたちを変え、現在のデザインが重要視される時代の中でも表現されていました。</p>
<p>シンプルな中にも僅かな曲線があり、遠近や目の錯覚、心のゆらぎまでも考えつくした上で、一本の線や材が決められている家具が、この時代にあることを知ります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ、当時の私は森戸雅之師の作品を正しく理解できるだけの知識や経験がありませんでした。</p>
<p>欧米を2年掛け周る前、私は絵画や建築などは、写真や映像でしか知らず、良いと言われているものを、</p>
<p>「これがすごい絵なんだな～」</p>
<p>「これがすごい建物なんだな～」</p>
<p>と言うかたちで、知識として理解しているだけでした。</p>
<p>しかし、流石に2年間、毎日毎日、歴史的に逸品とされてきたものを見続けているうちに、自分自身の中に基準ができてきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>時代や地域を加味した上での表現への理解。</p>
<p>あの時代に、この場所で、こうした表現をしていたなんて、それは凄い！革新的だ！</p>
<p>他の物にない独創性、説得力などなど。</p>
<p>しかし同時に、必ずそうした表現を生むきっかけとなるものが、少し前の時代に他の地域で生じていることも旅をし続ける中で目にします。</p>
<p>「あの絵のヒントはこれなのか」</p>
<p>「あの建物はこれをオマージュしているのか」</p>
<p>少し後の時代になれば、もっと良いものがあちこちで生まれたりもしています。</p>
<p>「この絵自体は凄いけど、評価は決して高くはない」</p>
<p>「あの絵の10年後に生まれている訳だからか」</p>
<p>それをヨーロッパ中の博物館や美術館、歴史的建造物を見て回るうちに実感します。</p>
<p>そうした実感の上で、改めて世の中で評価されているものを考えていくと、</p>
<p>「なるほど、そういうことなのか」と世の中の評価に納得させられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうした経験がある私にとって、森戸雅之師の作品は、私が知る新しい表現でした。</p>
<p>日本中の有名所の大御所工房主たちが一目置き、あの井上さんが日本人一と評価する。</p>
<p>確かに美しく素晴らしい。でも当時の私は、それが日本屈指のレベルと断言することはできませんでした。</p>
<p>私は、自分自身がそれだけの知識や経験がないことを表していると考えました。</p>
<p>人としても少々謎めいた方で、その作品も私が正しく理解できていないレベルの家具という分野の工芸品。</p>
<p>今の私が正しく学ばなくてはならないものが、そこにあると考えました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>森戸雅之師は20年以上に渡り木工をやり続けていたベテランでしたが、今までお弟子を取ったことはなかったそうです。</p>
<p>そして先祖代々の広い農地はあれど、決して余裕のある工房生活という訳でもないと聞きます。</p>
<p>そんな森戸師が、たかが訓練校の卒業生をお弟子として受け入れてくれるのであろうか。</p>
<p>覚悟を決め、井上さんに相談します。</p>
<p>改めて紹介していただき、森戸師にお願いにいきました。</p>
<p>「ここで学ばせていただけませんでしょうか」</p>
<p>「もし足を引っ張ったり、創作活動の妨げになるようなことがあれば、言っていただいて構いません」</p>
<p>「もし私がいることで、プラスになることがあれば、その一部をお手当としていただければ、</p>
<p>そこはどんな形でも…」</p>
<p>森戸師がその時どんな気持ちでいたかは分かりません。それでも…</p>
<p>「まぁ、やってみないと分からないけど。それでもよければ…」</p>
<p>「それで十分です。お願いします！」</p>
<p>森戸師は、その時私の家具の師匠となってくれました。</p>
<p>私にとっての家具の師匠、「森戸雅之師匠」の誕生の瞬間でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>訓練校の一年間、非常に多くの人に支えられ、木工と言う分野で生きていくためのチャンスをいただきました。</p>
<p>非常にありがたいことです。</p>
<p>人生において、そうした機会はそう何度もありません。</p>
<p>今こうして書きながら振り返ってみても、私にとって非常にありがたい時でした。</p>
<p>皆様、ありがとうございます！</p>
<p>自分の能力の限りではありますが、しっかり木工をやり続けます！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>⑨木工に人生を掛け実践してきた、多賀捷躬氏からの伝授/岸邦明</title>
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		<comments>https://www.acroge-furniture.pro/news/?p=4157#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 16 Jan 2018 02:05:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[代表　岸邦明ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.acroge-furniture.pro/news/?p=4157</guid>
		<description><![CDATA[こんにちは。皆様ご無沙汰してしまいました。 ここまで書いていながら、途中でやめる訳にいかないと思いつつも、あっ [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>こんにちは。皆様ご無沙汰してしまいました。</p>
<p>ここまで書いていながら、途中でやめる訳にいかないと思いつつも、あっという間に半年以上が過ぎてしまいました。</p>
<p>私たちは数名で行っている小さな工房です。</p>
<p>分業なんてなく、ありとあらゆることをこなさなくてはなりません。</p>
<p>ものづくりの世界がここまで大変だとは思いもしませんでしたが、本当に毎日楽しくしっかり生きています。</p>
<p>そんな日々の中で、つかの間のゆとりを生み出しました。</p>
<p>と言うことで、続きです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一人目の人生を変える出会い。</p>
<p>それは大工職人「多賀捷躬氏」との出会いでした…</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「この人の職人としてのこだわりはすごいよ」</p>
<p>「東日本随一の水澤工務店で、あの人はすごいと言わしめた職人さんだからね」</p>
<p>水澤文次郎と言う名工が築き上げた水澤工務店。</p>
<p>決して誰もが知る建設会社ではないけれど、東日本で最も高い技術を有する木造建築会社として昭和という時代に君臨していました。</p>
<p>その名工務店に、いわゆる中途採用と形で入りながらも、生え抜きに負けることなく活躍し続けてきた。となると、どんな猛者なのだろうと想像を掻き立てられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして過ごしている日々の中、急に多賀氏が私の前に現れました。</p>
<p>日本人男性の平均身長よりも低いくらいで、細身でもあります。</p>
<p>強面で威勢がいいという訳でもありません。</p>
<p>「この人が名工なのか…」そう内心思っていると、私の心を見透かしたかのように、井上さんが話されます。</p>
<p>「腕のいい職人っていうのは、決して太ってたり、筋力隆々って訳じゃないんだよ」</p>
<p>そうなのか…やはり木工の世界は奥深い。</p>
<p>私が隅でひたすら鉋刃を研いでいると、見かねて声を掛けてくれました。</p>
<p>「そうじゃないんだな。見ててみな」</p>
<p>その瞬間から、多賀氏は私の研ぎの先生になったのでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>現役の棟梁である多賀先生に頻繁に会える訳ではありませんでした。</p>
<p>それでも、井上刃物店に来る日には必ず会いに行きました。</p>
<p>とにかく、見る目が厳しい。僅かな甘さも見過ごすことはありません。</p>
<p>そして、私にとってとても重要だったことは、その見解をしっかりと言葉で説明してくれることでした。</p>
<p>技術的に精神的に、全てを論理的に指摘し、改善方法を伝えてくれます。</p>
<p>私は「この人に教わり続けることができたなら、必ず研ぎを覚えることができる」と必死に食らいつきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>多賀先生からの影響は研ぎだけで納まることはありませんでした。</p>
<p>私にとっては、研ぎ以上に、とてつもなく大きな影響を与えてくれました。</p>
<p>それは「職人として、ものづくりを生業にする者として、どうあるべきか」</p>
<p>と言う、私のこれからの生き方を決める核となるような考え方でした。</p>
<p>これまで書いてきたように、「ものづくり」をしてこなかった私は、当たり前かも知れませんが、どのように「ものづくり」と向き合えば良いのかを、しっかりと理解していませんでした。</p>
<p>商学部を出て、商売をしてきた私は、</p>
<p>「このぐらいの物を、このぐらいの価格で、このくらい販売すれば、家具職を生業にできる」</p>
<p>と言うような、販売面からしか、ものづくりを見ていませんでした。</p>
<p>そんな甘っちょろい私に対し、多賀先生は定期的に時間を割いてくださり、時には酒を酌み交わしながら、3時間、6時間と話をしてくれました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>30歳を回って、木工の世界に入った私は、どこかで「全力でものづくりする」ことから逃げていました。</p>
<p>今更そこで勝負しても勝ち目はないと考えていたからです。</p>
<p>その考えが「甘い」ことを、自分の腕一本で生き抜いてきた多賀先生に徹底的に指摘されました。</p>
<p>「ものづくりを生業にする」それも自分で「家具工房を営む」となると、それは何歳から始めるとかは関係なく、</p>
<p>「誰にも負けなくらいの技術力」</p>
<p>(スポーツとかでないので勝ち負けがある訳でも、勝たなくてはならない訳でもないけど)</p>
<p>「誰もしていないような提案力」</p>
<p>そうしたものをいつか手にするため、ひたすら向上心を持って学び、挑戦し続けなくてはならない。</p>
<p>「そういう努力をしなくては、家具工房を生業にし続けることなんてできないよ」</p>
<p>そうしたことを熱く話してくれるにつれ、私の中で、ものづくりに対する考え方は変わっていきました。</p>
<p>「良いものへの憧れ」は人一倍そもそもありましたが、</p>
<p>「良いものを生み出す高い技術」</p>
<p>「良いもの作り上げる高い精神力」</p>
<p>「良いものを生むための日々の生き方」</p>
<p>訓練校を卒業する頃には、私自身が、そうしたものに強く魅かれるようになっていました。</p>
<p>良いものという「有形」から、良いものを生み出すための技術や精神力といった「無形」に目を向けるようになっていたのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今思い返しても、この考え方の変化は私の生き方を根底から変える人生観の変化と言っても過言ではありません。</p>
<p>多賀先生と出会っていなければ、今の私はいないのだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>卒業する頃には、私は多くの人々のアドバイスに支えられ、刃物が正しく研げるようになっていました。</p>
<p>木工と言うものづくりに、自分の人生を掛け、真摯に取り組みたいという気持ちになっていました。</p>
<p>多賀先生は話してくれました。</p>
<p>「私が大工の世界に入った頃は、『技は目で見て盗め』という時代だった」</p>
<p>「この人はすごいと思っても、教えてくれることはなかった」</p>
<p>「研いでいるところ、鉋を掛けているところを横目で見て学び、昼間休憩しているときにこっそり道具を覗いて学んだ」</p>
<p>腕利きの大工が集まる木造建築の昔の現場は、今でいうと、歩合制のような賃金体系であったそうだ。</p>
<p>腕のいい大工は、仕事が早くて丁寧。板削りを一斉に始めると、誰よりも早くきれいに仕上げていく。その結果、手当も上がる。</p>
<p>自分の腕の良し悪しが、賃金を左右する。技を人に教えるということは、自分の立場を危うくすることに繋がる訳だ。</p>
<p>『技は目で見て盗め』は決して美談ではなく、生きるための熾烈な戦いを表してもいた。</p>
<p>「私が刃物が研げるようになるのに、6年は掛かった」</p>
<p>多賀先生のような人は、若いころから向上心あふれる人であったに違いない。</p>
<p>その多賀先生が、刃物が研げるようになるために6年と言う歳月を費やした訳だ。</p>
<p>「岸さんが、今から6年も掛けて研ぎを学んでいたら、流石に間に合わないよね。</p>
<p>だから、せめて研ぎだけでもできるようにしてあげられたら、良いんじゃないかな～と思ってね」</p>
<p>ひとりの人に出会えて、こんなにありがたいと思うことは、そう多くはないと思う日々でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>多賀先生は、本当に多くのことを伝えようとしてくれました。</p>
<p>そして、私のような若者の言葉でさえ真剣に聞き、議論を繰り広げてくれました。</p>
<p>「私たちの時代は本当に閉鎖的だった。それじゃいけないと思うんだよ」</p>
<p>「培ってきたものをしっかりと伝え、伝える中で自分自身も学び、</p>
<p>木工を通して、人としても成長していくべきものだと私は考えているんだよ。</p>
<p>だから、今この瞬間、岸さんだけじゃなくて、私自身も学んでいるんだよ」</p>
<p>「岸さんは、説明が上手だ。人に教えるのが上手だ。だからしっかりとお弟子を育てなくてはならない。</p>
<p>日本の木工は世界に誇れるものづくりだよ。それをしっかりと次の世代に繋げていかなくてはならない。</p>
<p>私から学んだことがあったなら、それを岸さんが次の人に伝えてくれたらいい。</p>
<p>私にお礼なんかしなくていい。これからの木工人生の中で実践してくれたら、それが一番うれしいってもんだよ。</p>
<p>岸さん、そう思わないかね！」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>更に、こんなことも言ってくれました。</p>
<p>「ここまで来れば、後は自分自身でやっていけるはずだよ」</p>
<p>「岸さんは、一説明すれば、残りの九は自分で考え行動することができる」</p>
<p>「そういう人は少ないし、岸さんなら自分の力で木工をやっていけるんじゃないかな」</p>
<p>「私とは違った木工になるとは思うけど、楽しみにしています」</p>
<p>誰もが認める腕利きの大工さんに「岸さんならやれる！」と言ってもらえたことは、</p>
<p>30歳過ぎて、ものづくりの世界に入った私にとって、とても大きな励みになりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あれから15年、今の私は、家具を作るだけではなく、</p>
<p>木工教室を開催し「木工を学びたい」という想いを持つ方に、プロアマ問わずに教え続けています。</p>
<p>誰かが作った家具であっても、大切にしていきたいという想いがしっかりとある木製品に対しては、自分の培ってきたもの駆使し、修理修繕も行っています。</p>
<p>そして、自分の能力の限り、お弟子に全力で全てを伝えています。</p>
<p>こうしたことを通して、多賀先生から受けた恩を、少しずつでもお返しできているなら、それはありがたいことです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>職業訓練校時代の講師で、ここに移動してくる前の工房を貸してくださっていた先生がいます。</p>
<p>木工機械の会社の創業者で、経営者として私に色々なアドバイスをしてくれました。</p>
<p>その佐久間清先生からは、何度も言われていました。</p>
<p>「岸ちゃんは馬鹿だな～自分が苦労して手に入れたものを簡単に人に伝えちゃう。</p>
<p>教わった方は、それがどれだけ大切なことかなんて気づかないよ。</p>
<p>仕事柄数多くの木工家に会ってきたけど、岸ちゃんのような木工家には会ったことがないよ。</p>
<p>そこまで簡単に教えてあげたら、お弟子は大して何もできないうちに、自分の力だと勘違いして、独立していっちゃうことになるぞ。</p>
<p>そこが岸ちゃんの良いところかも知れないけど」</p>
<p>そして、</p>
<p>「その人の好さや、器用さが仇となって、苦労するよな。</p>
<p>でも、岸ちゃんは最後は必ず成功する。この俺が言っているんだから間違いない」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>人生を全力で生き抜いてきた人たちからいただく一言は重い。</p>
<p>決して裏切りたくはないですね。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>⑧老舗大工道具店の井上刃物店に通う/岸邦明</title>
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		<pubDate>Tue, 16 Jan 2018 01:46:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[代表　岸邦明ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[墨田区に井上刃物店という、今ではとても珍しくなった手道具をメインに扱う老舗の大工道具店あります。 いわゆる頑固 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>墨田区に井上刃物店という、今ではとても珍しくなった手道具をメインに扱う老舗の大工道具店あります。</p>
<p>いわゆる頑固な道具屋ですが、店主の井上さんは「木工を真面目に全力で取り組む人を応援する」気概のある道具屋さんです。</p>
<p>一見優しい方ですが、決して木工というものづくりに妥協を認めない方で、どんな木工の達人であれども、隙あらばダメ出しをされます。</p>
<p>いわゆる歯に衣着せぬ江戸っ子です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昔のことで記憶も定かでありませんが、恐る恐る店に入ったはずです。</p>
<p>戦後間もなく建てられたであろう趣たっぷりの木造のお店の中には、当時多くの大工道具がきれいに並べられていました。</p>
<p>「今、品川にある家具の職業訓練校に通っています」</p>
<p>「大工道具について学びたいと思い入らせていただきました」</p>
<p>腰掛に座り、店の雰囲気に浸っていると、代わる代わる馴染みと思しき人々が入ってきます。</p>
<p>大工、家具職、木工愛好家などなど。緊張とワクワクの連続です。</p>
<p>2時間ほど色々な話を聞かせていただいた後だと思います。</p>
<p>「お兄さん、学校帰りに寄れるんかい？」</p>
<p>「はい、伺えます」</p>
<p>「じゃ、寄ってみたら良いんじゃないかな」</p>
<p>「ありがとうございます！」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その日から週に２回ほど、学校帰りに立ち寄らせてもらいました。</p>
<p>鉋・鑿・鋸・玄翁・毛引き・白書などなど、幾種もの大工道具を購入しては、その仕込み方や使い方を教えてもらいます。</p>
<p>大工道具は使える状態で売っている訳ではありません。</p>
<p>一般的には八部仕込みといって、一部の仕込みや調整は職人自らが行う必要があります。</p>
<p>一部とはいえ、大工道具全てにそうした仕込みや調整があり、また一度行えば済む訳ではなく、極端に言えば、使う度に正しい状態か確認しながら使用していくことになります。</p>
<p>その知識や技術は多岐に渡り、それを正しく知り、実施している職人はほんとうに一握りです。</p>
<p>職人100人に一人。いえいえ1000人に一人かも知れません。</p>
<p>道具を購入し、仕込み方を教えてもらい、夜な夜な家で仕込みや調整を行い、また刃物を研ぎ、出来上がったものを見てもらいます。</p>
<p>そうしたことを１年間通い続け、学ばせてもらいました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>当時は府中に住んでいました。学校までは片道１時間半です。</p>
<p>毎日４時半に起き、５時過ぎの電車に乗り、学校に７時には入っていました。</p>
<p>刃物の研ぎを練習し、道具を調整し、実技講習に備えます。</p>
<p>５時頃学校が終わり、帰宅し食事後、また刃物の研ぎを練習します。そんな日々でした。</p>
<p>そして井上刃物店にも通っていました。</p>
<p>当時の私はまだ「ものづくりとは何なのか」が良く分かっていませんでした。</p>
<p>私にとってのその入り口は「大工道具」でした。</p>
<p>残念ながら、大工道具の質はその頃下がり続けていました。</p>
<p>手道具は決して工業製品ではなく、熟練した気概のある職人がひとつひとつ生み出す手仕事の塊だったのです。</p>
<p>良い道具は理にかなった美しい形をしています。</p>
<p>長い年月の中で生み出されてきた「デザインの塊」なのです。</p>
<p>その正しい形、正しく使える道具を作り出すことができる職人が、年々いなくなっていることを知ります。</p>
<p>幸運にも老舗の道具屋には、大工道具の文化財といえる様々な手道具が残されていました。</p>
<p>普段仕舞われているそうした道具を、ときに見させてもらい、触らせてもらい、またなぜこれが素晴らしいものなのかを教えてもらいました。</p>
<p>正しい形にするには、熟練した技術はもちろんのこと、多くの手間が必要になります。</p>
<p>また木材を加工する道具なので、形だけ正しくても正しく加工できる道具にはなりません。</p>
<p>大工道具の世界はとても奥が深く、数多の大工道具のコレクターがいるくらいです。</p>
<p>名工千代鶴是秀の道具に至っては、ひとつが何千万円の価値があったりします。</p>
<p>そうした道具を手に取りながら話が聞ける訳ですから、この瞬間を私の財産にしなくてはなりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>道具の世界をひとつだけ。</p>
<p>「刃物は甘切れ長切れでなくてはならない」</p>
<p>皆さん、刃物は木という硬い素材を削る訳ですから、硬い方が良いと思いますよね。</p>
<p>実は違うのです。硬い刃物だと木と反発してしまうのです。</p>
<p>柔らかい刃物の方が木が受け入れてくれて、馴染んで、優しくきれいに削れるのです。</p>
<p>ただ、柔らかいと刃物が保ちません。</p>
<p>その相反する特徴を合わせもったものが良い刃物なのです。</p>
<p>刃物の切る部分に付いているのは、いわゆる鋼です。</p>
<p>鉄に、ある量の炭素を含ませたものを、約800度から急冷するという焼き入れ作業で鋼は作られます。</p>
<p>硬さには、硬度と靭性という主にふたつの物理的な要素があります。</p>
<p>硬度とはいわゆる硬さ、靭性とは粘り強さです。</p>
<p>硬くても粘りがなければ欠けてしまいます。</p>
<p>天然硬度ナンバーワンと言われるダイヤモンドも叩けば割れます。靭性はさほどではないからです。</p>
<p>一般的な鋼より硬度を下げつつも靭性を上げる。</p>
<p>優れた刃物を生み出す職人は、数々の技の中でこの特性を生み出していく訳です。</p>
<p>工業技術が発展している現代、色々な物質を含めることでそれを克服しようとしていますが、それでもまだ、真の職人技の方が上回っているのです。</p>
<p>そうした職人は、その頃でも全国で20人程度になっていたと言えるかも知れません。</p>
<p>今はもう一桁かも知れません…</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「実際に手を動かし作り出しているものづくりの世界」はとても厳しい状況に今あります。</p>
<p>多くの分野において、近い用途のものが工業的に作り出せるようになって、価格としては太刀打ちできないからです。</p>
<p>汎用性のある技術は海外に輸出され、人件費が低い国で生産されます。</p>
<p>大工道具もどんどん工業化や技術の輸出化が進んでいます。</p>
<p>ホームセンターでも似たようなものが売られています。ただ、決して正しく使える道具ではありません。</p>
<p>鎚を打ち、鍛え上げた絶妙な鋼を持つ正しい大工道具は、決して安いものではありません。</p>
<p>それでも彼らがそれに費やした時間を考えると気の毒に思ってしまうほどです。</p>
<p>千代鶴是秀は、生前から名工ナンバーワンといわれ、鑿一本何十万円もしていました。</p>
<p>そうした高額の道具を、同じく名工といわれた棟梁たちが使っていました。</p>
<p>その名工でさえ、生活は決して楽ではなかったそうです。</p>
<p>私が憧れてきた「ものづくりの世界」の厳しい現実を、大工道具を通じて知ったのでした。</p>
<p>美しい道具、使ってみて惚れ惚れする道具、目指すべきものづくりの世界です。</p>
<p>しかし、普通に生活していくにはあまりに厳しい現実。</p>
<p>私はどう進むべきなのだろうか…</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>井上刃物店には多くの木工愛好家が集っていました。</p>
<p>その人たちから２人の素晴らしき木工家の話しを日々聞いていました。</p>
<p>その２人、後に私の木工人生に大きな影響を与えてくれた方々でした。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>⑦家具職人への第一歩、品川職業技術訓練校始まる/岸邦明</title>
		<link>https://www.acroge-furniture.pro/news/?p=3614</link>
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		<pubDate>Mon, 15 Jan 2018 23:11:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[代表　岸邦明ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[先日、「家具職人を目指すまで」を初めて書いてみました。 「面白かったです！」「続きはないのですか？」とのお声を [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>先日、「家具職人を目指すまで」を初めて書いてみました。</p>
<p>「面白かったです！」「続きはないのですか？」とのお声を多くいただきました。</p>
<p>と言うことで続きです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2002年4月、16年程前になります。</p>
<p>品川職業技術訓練校（現 東京都立城南職業能力開発センター）木工技術科に通い始めました。</p>
<p>生徒は30人。いわゆる担任の先生が2名（筒井先生・小山先生）。それ以外にも客員講師が10名以上おります。</p>
<p>都立、つまり税金で運営されています。僅かな自己負担だけで1年間学ばせてもらえます。</p>
<p>再就職を支援するための、実にありがたいシステムです。</p>
<p>私は雇用保険受給者ではなかったのですが、その資格を有する人は訓練校に通う１年間、技術習得支援として、いわゆる失業手当までも支給されます。</p>
<p>海外でしばらく過ごしてきた後でしたので、日本国のありがたみが身に沁みます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>年齢は20代が中心です。女性が7名。若い方は高校卒業したての18歳も何人かいます。</p>
<p>この中では私は完全におじさんです。</p>
<p>基本的には木工未経験者を前提としていますし、社会人経験がない方も多数いますので、ここの授業はとても優しく丁寧に進んでいきます。</p>
<p>この歳になって、改めて学生気分です。正直言って、「贅沢」そして「楽しい日々」でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>道具の名前から入り、鑿(のみ)や玄翁(げんのう)、鉋などの手道具の扱い方を家具を作りながら学んでいきます。</p>
<p>訓練の3割ほどは、いわゆる机上での勉強もあります。木材を始めとした様々な材料、木工機械、製図などを学んでいきます。</p>
<p>どれもこれも大切なことばかりです。基礎的なことのはずですが、人生初の体験や知識の連続です。</p>
<p>一瞬一瞬が真剣です。30歳を回ってこの世界に入ったからには、悠長に学んでもいられません。その瞬間で覚え切るよう、技能も学科も全力で向かいました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>生徒が30人。美大や建築、デザインを出て、そうした仕事に就いた上で、訓練校に来た人が多数います。</p>
<p>彼らは、私からすれば王道を行くエリートたちです。32歳まで、そうした頭も手も使って来なかった私ですが、歳は上です。</p>
<p>「この中で埋没してしまうようなら、今更プロとしてやっていけるはずはない」とのプレッシャーを自分に課しました。</p>
<p>ヤル気にみなぎった私は、若い彼らからすれば、きっと「熱苦しいおじさん」だったんだと思います。</p>
<p>それでも誰もが家具を制作する技術を学ぶという、明確な共通目的を持っていたので、仲良くしてくれました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2カ月後には簡単な仕口を使って、簡単な腰掛を作っていました。</p>
<p>毎日、鑿や鉋の刃を研ぐ日々です。</p>
<p>先生が研ぎ方を教えてくれます。</p>
<p>「もう少し刃先に力を入れて」</p>
<p>「持ち方はこう」</p>
<p>「研ぐのは難しいからやり続けるしかないよ」</p>
<p>「何年かやっていれば、段々研げるようになるよ」</p>
<p>研ぐのは難しい…どうすれば早く上手くなるか先が見えない。</p>
<p>「研ぎを身に付けるだけで何年も掛かるのか…」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>訓練校のシステムが分かってきた頃でした。</p>
<p>手道具のこと、刃物のこと、研ぎのこと。</p>
<p>この辺りは1年と言う僅かな期間で、学校として多くのことを伝え切らなくてはならないカリキュラムの中、さらに深いところまでを、訓練校任せで学ぶことは難しいと感じました。</p>
<p>「この1年間、自主的にもっと多くのことを学ぼうとしなくてはならない」そう感じました。</p>
<p>客員の講師として、現役の江戸指物師の山田嘉丙先生が教えてくださっていました。</p>
<p>プロの木工職人であるだけでなく、高い手加工技術を持つ江戸指物師が私たちのようなレベルに教えられると言うことは、少々おそれ多いくらいの驚きの域でした。</p>
<p>担任の先生に見つからないように、こっそりとお声を掛けます。</p>
<p>「手道具についてもっと学びたいです。どこか道具屋さんを教えていただけませんか」</p>
<p>「そうだな～井上刃物店が良いかも知れないね。いろんな職人さんが来ているよ」</p>
<p>墨田区にある井上刃物店に行きました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そこには私にとって人生を変える、大きな出会いが待っていました…</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2></h2>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>⑥品川職業技術訓練校(東京都立城南職業能力開発センター)木工技術科へ/岸邦明</title>
		<link>https://www.acroge-furniture.pro/news/?p=3516</link>
		<comments>https://www.acroge-furniture.pro/news/?p=3516#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 15 Jan 2018 06:36:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[代表　岸邦明ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.acroge-furniture.pro/news/?p=3516</guid>
		<description><![CDATA[結局2年近く海外を回りました。 陸路で欧州をほとんど回り、北米も横断縦断しました。 とても膨大な情報が私の身体 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>結局2年近く海外を回りました。</p>
<p>陸路で欧州をほとんど回り、北米も横断縦断しました。</p>
<p>とても膨大な情報が私の身体に入ってきた月日でした。</p>
<p>見るもの全て毎日変わります。</p>
<p>ヨーロッパでは紙幣が変わり、言葉が変わり、食べ物が変わり、文化が変わっていきます。</p>
<p>ヨーロッパ文化は日本と違い地産地消が基本です。</p>
<p>建物もどんどん変わっていきます。</p>
<p>同じ国でも北と南では街の雰囲気も食べ物も人も変わります。</p>
<p>スーパーマーケットで毎日地元民に交じり買い物をします。</p>
<p>アメリカも都市部と内陸では全く変わります。南北でも家や人柄が変わっていきます。</p>
<p>ひとつの国でも地域が変わると生き方が全然違うように思えました。</p>
<p>各地の有名建築物、美術館、博物館に入ります。</p>
<p>写真でしか見たことがなかった、風景や至宝をほとんど見て回ります。</p>
<p>その一つ一つが今の私にとって大きな財産になっています。</p>
<p>この長旅のことは、またいつかお話しできればと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>無事帰国します。</p>
<p>「よし！家具職になろう！」</p>
<p>出国前の不安は不思議と無くなっていました。</p>
<p>なるための勉強を少しでも早くしたい気分です。</p>
<p>ただ、どうすべきなのかが分かりません。</p>
<p>いくつかの家具工房を回り、仕事を見させていただきながら話を伺います。</p>
<p>「なかなか大変な世界だけどね…」</p>
<p>私の中では「諦める」という選択肢は簡単には出てきません。</p>
<p>「もし、家具職人になりたいなら、職業訓練校に行くのが良いかも知れないね」</p>
<p>東京には品川と足立に家具製作の技術を教えてくれる都立の職業訓練校があります。</p>
<p>早速見学に行きます。</p>
<p>私より若い人たちが、家具製作を学んでいました。</p>
<p>「よし、ここに通おう！」</p>
<p>職業訓練校とは言え、入試があります。</p>
<p>倍率は3倍以上で、基本的に年齢は30歳まで。</p>
<p>「年齢は？」</p>
<p>「32歳です」</p>
<p>「じゃ、試験では100点じゃないと入れないよ」</p>
<p>その日から試験日まで、受験勉強が始まります。</p>
<p>国語と数学。高校入試レベルですが、学んだのは遠い昔。</p>
<p>漢字などはかなり忘れています…</p>
<p>過去問を手に入れ模擬試験。90点以上は取れても1問くらいは間違えます…</p>
<p>満点か…なかなか厳しいな。</p>
<p>久々に数か月間必死に勉強しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>筆記テストと面接。</p>
<p>無事合格しました。一安心です。</p>
<p>後日聞いたのですが、満点が必須は嘘でした…</p>
<p>何とか制限超えの32歳で生徒になりました。</p>
<p>訓練校は1年間です。</p>
<p>家具を制作するための技術訓練と、家具を取り巻く様々な知識を身につけるための机上勉強が始まりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「なぜ家具職人になったんですか？」</p>
<p>上手くは言えないので、家具職人の道に入るまでを書いてみました。</p>
<p>私の周り、大学や高校の友人や同級生で「ものづくり」をしているのは私だけです。</p>
<p>そう簡単には進まない道なのかも知れませんが、私なりに「真面目」考えた末に選んだ生き方でした。</p>
<p>正直言えば、もっと早くからこの道に入るべきだったんだと思います。</p>
<p>それでも、ここまでの人生、それほど大きな選択のミスはしてこなかったように思っています。</p>
<p>誰もが、親や兄弟、色々なしがらみの中で生きているのだと思います。</p>
<p>「逃げてはいけないことからは逃げない」</p>
<p>「どんな苦しいことでも必死にやり続ければ、いつかは終わる」</p>
<p>私の人生はそんな感じです。</p>
<p>亡くなった母が、看取りの中で私のことを「優しくて根性のある子でした」と評価してくれました。</p>
<p>私は結果が出る出ない関係なく必死にやる性分のようです。</p>
<p>「努力」ではなく「根性」</p>
<p>そんな性分の大きな子が、家具職人の道に入りました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>⑤「海外を見て回る」超真剣な普通/岸邦明</title>
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		<pubDate>Sun, 14 Jan 2018 06:59:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[代表　岸邦明ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[5年目、売り上げが少し下がります。 空気清浄機の販売代理店は全国に百単位ありました。 数年間で百万台が販売され [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>5年目、売り上げが少し下がります。</p>
<p>空気清浄機の販売代理店は全国に百単位ありました。</p>
<p>数年間で百万台が販売されるヒット商品になっていたのですが、商品が行き渡り、類似品も出回り、価格も乱れ、メーカー自身の売上は鈍化している気配です。</p>
<p>商品にもライフサイクルがあります。ひとつの家電品がロングヒット商品になることは不可能に近い訳です。</p>
<p>メーカーは新商品を開発できず、家電大手との提携話も断ったとの噂を聞きます。</p>
<p>潮時か…</p>
<p>幸い父と母に当面生活できるだけの貯金を用意することができました。</p>
<p>私も一部をいただき、貯金は1000万円に達しました。</p>
<p>28歳で1000万円。この年齢で自力で、誰もが手にできる金額ではありません。</p>
<p>これで次に行こう！</p>
<p>販売店を整理し、両親だけでできるようにした上で、手を引きました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「家具工房を生業にする」</p>
<p>どうしていくものなのだろうか。すぐにできる段階のものではないので、今深く考えても仕方がない…</p>
<p>「家具を作ることはできるだろうな」</p>
<p>不思議と作れるイメージはしっかりありました。</p>
<p>「始めてからの道のりは長いんだろうな」</p>
<p>長い長い技術の習得の日々が続くことは想像に難くないですね。</p>
<p>「この歳から始めて、生き残れるようになるものだろうか」</p>
<p>何か他の人が持っていないものを手にしてから、その道に入るべきでは。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こんなことを数週間毎日考えた末に出した答えは、専門学校等に行くのではなく、海外を見て回るでした。</p>
<p>今ほど北欧はメジャーではありませんでしたが、家具はヨーロッパから入ってきたものが基本にありました。</p>
<p>日本の文化はアメリカから入ってきたものに強く影響を受けています。</p>
<p>日本に入る前の現地の文化を見ておこう。</p>
<p>建築物・美術館・博物館・百貨店・スーパーマーケットなどなど、</p>
<p>家具をデザインする上で、ものづくりをする上で、ヒントとなるものがそこにはあるはずだ！</p>
<p>月並みな発想かも知れませんが、実際のところ、そのチャンスを得られる人は、それほど多くいないはずです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「1年以上掛けて回ろう！」</p>
<p>「そんなチャンスは人生そんなに多くない」</p>
<p>「やるなら他の人ができないレベルでしっかりやるべきだ」</p>
<p>そう考え続け、導き出したのが「キャンピングカーで回る」でした。</p>
<p>今のように、携帯やネットが普及していなかった時代、知識を得るのは書籍が中心でした。</p>
<p>「色々な書物を持って、学びながら回りたい」</p>
<p>バックパッカーでは限界があります。</p>
<p>陸路で文化圏の変化を肌身で感じながら、長期に渡る旅の中で、ストレスなく回り続ける手段として、キャンピングカーは最適でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さて、どうするか。</p>
<p>キャンピングカーだけでも数百万はします。消費だけしていたら1000万円は案外簡単に無くなってしまいます。</p>
<p>下手な中古で、途中で止まったらお手上げだ。そもそも陸路でどんどん回れるものなのだろうか。関税は？</p>
<p>全て一から調べ始め、企画を考えていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>調べ取材していく中で、「日本製のキャンピングカーが海外に出たことはない」ということを知ります。</p>
<p>国境はカルネと言う非課税証明書をJAFで発行してもらって持っていけば、関税を払わずに通過できることが分かりました。</p>
<p>免許証も国際運転免許証一枚で全ての先進国は通用することを確認します。</p>
<p>行けるはずだ…</p>
<p>キャンピングカーの専門雑誌が当時一誌（月間オートキャンパー）ありました。</p>
<p>そこに「国産キャンパー世界を回る！」の企画を持っていきました。</p>
<p>「紀行文を書かせてくれませんか！」</p>
<p>「毎月4ページ、用意するよ」</p>
<p>「ありがとうございます！」</p>
<p>その勢いで、「地球の歩き方」等の旅情報誌にも紀行文契約を結びます。</p>
<p>「これで、生活費は稼げるな」</p>
<p>この条件を持って、本丸に臨みます。</p>
<p>「キャンピングカーを貸してください！」</p>
<p>この雑誌に広告を出すのに、各メーカー数十万単位で広告費を出していました。</p>
<p>「私は毎月4ページ出ます。必ず良い写真を撮って、お役に立ちます！」</p>
<p>勢いのままとは行かず…</p>
<p>「今どき他人のふんどしで相撲を取ろうなんて無理じゃないの」と追い払われる日々。</p>
<p>関東地方のメーカーには全て断られ、関西地区にまで交渉し始めます。</p>
<p>大阪のキャンピングカーメーカーの一社（アネックス・田中社長）が手を差し伸べてくれました。</p>
<p>「何か国回るの？」</p>
<p>「20ヵ国以上です」</p>
<p>「どのくらい行くの？」</p>
<p>「1年半予定です」</p>
<p>「何キロ走るの？」</p>
<p>「7万キロくらいは走ります」</p>
<p>「自分のところの車が海外を一周するなんて夢があるね！」</p>
<p>ご協力いただけることになりました。</p>
<p>「よし！行けるんだ～」</p>
<p>車自体はトヨタのカムロードでした。</p>
<p>アネックスを通してトヨタに連絡し、技術者と車の走行に関する情報提供契約を結びます。</p>
<p>その代わり世界中のトヨタの工場で見てもらえるようにしました。</p>
<p>ここまで来て最後の不安は、安全に海運してもらう方法でした。</p>
<p>トヨタ経由で日本郵船を紹介してもらい、コンテナ船でドイツに運んでもらえるようにしました。</p>
<p>準備は整いました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1999年から2001年、29歳～31歳を海外で過ごします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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